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1.霧雨について(序論の序論)

このエントリー群は、例大祭14で出した魔理沙の総集編に関連して、何となく原稿作業中に思った事を書き連ねるものです。
中身に興味を持ちましたらこちらで委託しておりますのでどうぞ。
特に作品の解説ではないです。そもそも作品の解釈は受け取り手に委ねられるべきもので解説など野暮!と思っているので、
総集編をダシにした魔理沙語りのつもりです。
自分自身は作者の解説を読むのはめっちゃくちゃ好きなんですけども。





一番最初はイントロダクション/序論の、魔理沙の雨の話。作品名的には「夏の雨は冷たくない」。
論文ならばこの話が要旨でも良かったのではないだろうか?


そもそも「雨」は他のどの天気とも異なる雰囲気を持っている。
聴覚・視覚・嗅覚・触覚の四感に訴えかける天気だ。ひょっとしたら味覚も入れてもいいのかもしれない。

雨と少女、の原典はやはり「レイニーブルー」である。古い百合好きの人間で恐縮だが、マリア様がみてる、のシリーズの一つだ。
又は同じくマリみての「茨の森」。佐藤聖(せい―ひじり、ではない)というキャラクターがいずれの話においてもキーになるのだが、
茨の森を読んだ当時、文章から雨の匂いと音が聞こえ、それに閉じ込められる聖のなんとも閉鎖的な想いを追体験したような気分になった。

外はざあざあ、ざあざあ、雨が降っていて。
温室には、聖と栞―聖の想い人―の二人だけ。
お互いの長い髪の毛を三つ編みにして。この瞬間が永遠にも思える。
永遠ではない、それこそ栞が卒業してしまえば一瞬にして消えてしまう瞬間だとは分かっているけれど。
そんな想いをしている癖にレイニーブルーで後輩が同じく雨に打たれていたら超いいタイミングで現れて傘を差し出す聖様やばない?????
はい。
ということで、これが雨に鬱屈した想いを乗せる文脈のオリジナルになっているはずだ。

今でもたまに雨の日はあの、想い人の少女と髪を結び合わせて彼女と同一化を図った、佐藤聖のどうしようもない場面を思い出す。
栞はマリア様の庇護のもとにある少女だから、決してその想いは叶うことはないのだが──マリア様がみているから。

そんな風に少女を温室に閉じ込めていく雨―「霧雨」という姓と気質は、魔理沙が生まれながらに背負わされた唯一の、いわゆる仏教で言うところの業である。
それに対して彼女がどのように感じるのか、受け入れるのか、拒絶するのか。それはまた別の話。
原作を読む限りでは、うまくミニ八卦炉の制御に利用しているのではないだろうか。
木行の霊夢は水行である魔理沙によって強化される。香霖堂では、従ってなかなか勝てはしないが相性は良い、と言われている。
ただ、霖之助の言うことは半分与太話のように見える。あまり真に受けない方がいいだろう。


ところで、アリスも霊夢と同様に木行である。
この五行の性質の他、二人の共通点は他人に興味がない冷めた性格であると解釈しているが、
霊夢は自己の領域に入れた上で興味を示していない一方で、アリスはそもそも自己の領域に他人を入れようとしない点が異なる。
要するに霊夢は分かった上で無視を決め込んでいるが、アリスは元々自分の世界にしか興味がないのだ。

ではそんなアリスが他人に興味を持ち、執着するのは一体どういう時か。
当然、自分の世界が何者かによって壊された場合──他になにがあるだろうか、
霊夢だ。
魔界という彼女の世界に踏み込んできた、魔法を使うでもない、ただの人間。
魔理沙はいい。同じ魔法使いだから。

でも、霊夢は。
霊夢だけは。
最初から全てを持っている人間なのだ。


だいぶ脱線したので話を魔理沙に戻そう。
という訳で、アリスに魔理沙への興味を持ってもらうのは一苦労である。
彼女が持って生まれたものは雨、ただ一つだ。無力な人間である。
恐らく何かを成そうとしても殆ど成せる事はないだろう。

ならば彼女は結局雨と共に生きるしかない。

目の前で泣くという行為は、相手の領域に無意識に、裸足で踏み込む行為に等しいのではないだろうか。
魔理沙が意識して、能動的に行った行為はすべて、きっとアリスの何をも変革する事はかなわなかったであろう。しかし、
もしかすると、無意識の行為はたびたび刺さっていたのかもしれない。




と宣言通り漫画の内容とはほとんど関係ありませんでしたが、
つまり乙女な魔理沙ちゃんは可愛いよねってことでひとつ。

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